ユーラシア大陸の深奥に、青い意匠だけが鮮烈に浮かび上がる都市がある。
東西の隊商が持ち寄った顔料と技法が、強い日射を受けた壁面で結晶した。
砂塵の彼方に立ち上がる、ティムール朝が遺した蒼穹の建築群。
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交差路に積もった意匠
パミール・アライの山嶺から雪解け水を集めるゼラフシャン川が、中央アジアの渇いた盆地にひとすじの緑を引いた。水と牧草を頼りに東西の交易路がここで交わり、紀元前から隊商の中継地として人と物資が滞留し続けた土地である。
14世紀末、征服者ティムールがこの交差路を帝国の首都に定め、各地から集めた建築家と職人に壮大なモスクとメドレセを築かせた。ペルシアのコバルト顔料と中国の陶磁技法が出合い、灼けた壁面を覆う釉薬の装飾が生まれていく。

青を纏う広場と丘
レギスタン広場には3棟の神学校が向かい合って立つ。15世紀初頭にウルグベクが築いた1棟を起点に、200年余りをかけて左右対称の構成に仕上がった。二重構造のドームとアーチ門、外壁を覆う施釉タイルが陽光を受けて深く輝く。
シャーヒ・ズィンダの丘には、王族の霊廟が階段路に沿って連なる。1棟ごとに異なる文様のマジョリカが表面を埋め、藍・翠・金が通路の奥でひそやかに発色する。乾いた空気が顔料の褪色を遅らせ、数百年前の色彩がそのまま留まっている。

乾いた光の中を歩く
朝の広場はまだ影が長く、神学校のアーチが地面に弧を落としている。日が昇るにつれてファサードの色は深みを増し、正午には白い陽光の下で細密な幾何学模様がくっきりと浮き上がる。風はほとんどなく、灼けた空気が肌の上で薄く引き締まる。
日が傾くと、ドームの丸みが橙を帯びて天の藍と対になる。グル・エミール廟のリブを刻んだ円蓋は夕刻の光をやわらかく受け、低い街並みの上にひとつだけ浮かんで見える。暮れなずむ空と釉薬の群青が溶け合う数分間、都市ごと夕闇に沈んでいく。
日本からの行き方
日本からは成田発のウズベキスタン航空が、週一便でタシケントへ直行している。曜日が合わないときは、ソウルや中東の都市を経由する便を選ぶ旅程も一般的だ。中央アジアの空の玄関口タシケントに降り立てば、青の都サマルカンドへの旅がはじまる。
タシケントからサマルカンドへは、スペイン製の高速鉄道アフラシャブ号がおよそ二時間で結ぶ。座席も快適で、車窓には乾いた大地が流れていく。ブハラやヒヴァへ足を延ばすときは、専用車や国内線をあわせて、シルクロードの古都を静かに巡る。
入場と予約
レギスタン広場をはじめ主要な建造物には入場ゲートと開場時間が設けられ、入場券は現地の窓口で購入する。時間枠制や事前予約の仕組みはなく、当日券で入場できる。夏季と冬季で開場時間が変わるため、訪問前に当日の時間を確かめておくとよい。
訪問時の留意点
- 服装シャーヒズィンダ廟などの宗教施設では肩と膝の隠れる服装が求められる。女性は頭を覆うスカーフを持参したい。
健康と安全
夏季は気温が40度を超える日が続き、屋外の遺跡巡りでは熱中症への備えが要る。日差しの強い日中を避け、朝夕に歩く日程が歩きやすい。水分をこまめに取り、日陰と帽子で直射を防ぐ。医療機関はサマルカンド市内に揃う。
モデル日程
ウズベキスタン周遊8日の一例。往復の移動に各2日、青の都サマルカンドの連泊を核に、タシケントとブハラを前後に挟む。
- 移動 2日
- タシケント 1日
- サマルカンド 2日
- ブハラ 1日
- 帰路 2日
内訳
往路
タシケント
サマルカンド
ブハラ
帰路
主要旅行会社の同方面ツアーに見られる標準的な組み立ての一例。日数・順序は商品により異なる。














































