イタリア半島の踵に近い高原に、灰色の円錐屋根が密に連なる小さな町がある。
南の日射しが白壁を温め、石畳の細い路地に乾いた風がゆるく抜けていく。
16世紀の人々が積み上げた石組みが、家々のかたちのままいまも息づいている。
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石を積み上げた家
イトリア渓谷一帯の薄い土壌の下には、層を成して石灰岩が広がっている。地中から運び出された板状の石材を、漆喰を介さず一枚ずつ円錐状に積み上げていくのが、この地に古くから伝わる乾式の建築技法である。
16世紀半ば、開拓地の家屋に課せられた税を逃れるため、領主に命じられて建てられた住居がトゥルッロの直接の起源とされる。役人の検分の折にはひとつ石を抜けば屋根ごと崩せる構造として、町は静かに石組みの家々を積み重ねていった。

屋根の白い印
町の2つの旧地区、モンティとアイア・ピッコラには、現在も1500軒を超えるトゥルッロが石組みのまま残されている。一つひとつの円錐屋根は古い区画割を忠実に踏み、これほどの密度で同形式の住居が連なる集落は他に例を見ない。
屋根の灰色の石板には、漆喰で記された白い印を見つけることができる。十字や星をかたどった素朴な意匠が並び、由来は古代の信仰や魔よけの祈りに連なるとされる。家族と土地を守ろうとする所作が、ここでは継承されてきた。

路地を辿る一日
モンティ地区の細い坂道に足を踏み入れると、左右に高い白壁が迫り、見上げた先には屋根の輪郭が空を細かく区切っている。職人の工房の扉が半ば開き、軒先には乾いた花や手織りの布が下げられ、観光の往来と住人の暮らしが同じ路地で交差している。
午後の陽が高い壁の縁を斜めに削ると、足元の石畳には屋根の影が三角形を刻んでいく。隣のアイア・ピッコラ地区に入れば往来は薄れ、家々の窓辺から夕餉の支度が漏れてくる。夜が近づくころ、屋根の白い印は薄闇の中でうっすら浮かんで見える。
日本からの行き方
日本からアルベロベッロへは、まずローマを目指すのが一般的だ。東京から直行便でローマへ入り、そこから国内線でバーリへ飛ぶか、特急列車でおよそ四時間かけて南へ向かう。乗り継ぎを含めると片道はおよそ一日がかりの旅路となり、到着の頃には南イタリアの陽射しが迎える。
拠点となるバーリからは、私鉄スド・エスト線に乗り換えて一時間半ほど。アルベロベッロ駅から円錐屋根の家並みが続く旧市街までは、歩いて十分ほどの距離だ。訪れるなら、陽射しの和らぐ春から初夏、あるいは秋が心地よく、真夏は暑さと混雑が増す時期にあたる。
モデル日程
南イタリア周遊8日の一例。アルベロベッロの街歩きを核に、マテーラの洞窟集落とアマルフィ海岸を前後に挟み、往復はローマ乗り継ぎで結ぶ。
- 移動 1日
- アルベロベッロ 1日
- マテーラ・イトリア渓谷 2日
- アマルフィ・ナポリ 2日
- 帰路 2日
内訳
往路
アルベロベッロ
マテーラ・イトリア渓谷
アマルフィ・ナポリ
帰路
主要旅行会社の同方面ツアーに見られる標準的な組み立ての一例。日数・順序は商品により異なる。














































