クメール王朝が密林の只中に築いた、石造りの宗教都市。
朝靄が環濠を低く撫で、5本の尖塔が水面にもうひとつの姿を結ぶ。
600年の信仰と、それを抱き返した熱帯の時間が、いまも同じ岩の上に重なっている。
アジア
チャオプラヤーの川中州に、煉瓦と仏塔の影だけが残された古都。
朽ちた寺院の列を、乾季の白い光と雨季の蒸気が交互に洗っていく。
シャム王朝が4世紀かけて積み、一夜のうちに焼け落ちた都の余韻である。
漓江の朝霧に、円錐の峰々がいくつも淡く沈んで連なっている。
川面に映る山影と、水を低く切って進む竹筏が、ひとつの墨絵を編み続けていく。
1000年の漢詩と山水画が描き続けてきた、神秘の水と岩の景がここにある。
隊商の記憶を岩肌に残す、薔薇色の砂岩に彫り抜かれた峡谷の都。
シークと呼ばれる狭い裂け目を抜けると、ファサードが朝日を浴びて立ち上がる。
ナバテア人が2000年前に遺した、岩と陽光の劇場である。
北アメリカ
ユカタンの乾いた石灰岩平原に、四角い影を落として立つ石の聖都。
春と秋の夕、傾いた光が階段の縁をなぞり、蛇の影が地へ降りていく。
天文を石に刻んだマヤの祈りが、1000年を越えていまも静まり返る。
南アメリカ
どの大陸からも遠く隔たった、南太平洋にぽつりと浮かぶ火山島。
絶えず吹き渡る潮風が草の斜面を撫で、巨像の肩を静かに洗っていく。
海に背を向けた石の人影だけが、忘れられた時間をそのまま留める地である。
赤道の真下に、大陸とつながったことのない火山島が点々と連なる。
冷たい海流が暖かい水を貫き、ペンギンと爬虫類が同じ岩で陽を浴びる。
どこの理にも属さぬまま、生きものが独りで進んできた島々である。
国境を跨ぐ熱帯雨林の奥で、川幅すべてが断崖から落ちている。
水煙は一日中立ちのぼり、虹は谷を斜めに渡って消えていく。
大地が裂けたまま、水は今もその縁から落ち続けている。
南パタゴニアの果てに、氷河が今も前へ動き続ける一帯がある。
青白い氷壁から塊が剥がれ、湖面に低く落ちて谷へ余韻を残す。
氷原と尖峰、二つの極が一つの国立公園の中に並んで横たわる。
アフリカ
砂漠の南端、ナイルが堰き止められた湖の岸辺に、岩壁ごと刻まれた王達。
乾いた風が砂粒を巻き上げ、朝の光が巨像の輪郭をゆっくりと浮かべていく。
3000年の沈黙を纏い、ヌビアの陽射しに灼かれ続ける石の意志。
ナイルを境に、神殿の岸と王墓の岸が向かい合う古都。
朝日は東岸の列柱を貫き、落日は西岸の谷へとゆっくり沈んでいく。
かつて栄華を極めた都テーベが、幾千年の時を石のなかに眠らせている。
モロッコの南東、大砂海の縁に赤い砂丘がそびえる無音の地。
風が稜線の砂を細く流し、朝夕の光が起伏を橙と影に塗り分けていく。
隊商の踏み跡も星のめぐりも呑み込んで、砂だけが静かに横たわる。
オセアニア
南太平洋にゆっくり沈みゆく火山を、珊瑚の輪がそっと囲む。
砂底の浅瀬から外洋へ、淡い碧から深い藍へと水の色が移ろう。
緑の峰と凪いだ潟、慎ましい人の営みが薄く重なる遠い環礁である。
オーストラリア大陸の北東岸に、生きた珊瑚が連ねる長大な礁列。
上空から深い藍と淡い水色が幾何模様を描き、海中では魚影が珊瑚の谷間を往復する。
微小な生命が幾代もかけて積み上げた、海と空のあいだの長い建造である。
南島の内陸に横たわり、氷河が挽いた岩の粉が水を乳青に染める湖。
初夏の岸辺をルピナスが彩り、遠い雪嶺が湖面に鏡のように映り込む。
日が沈めば、世界でも稀なほど暗い空の一面へ、無数の星が満ちていく。
タスマン海の冷気を呑み込んだ、南島の果ての細長い入り江。
氷河が削った断崖を、降りやまぬ雨が幾筋もの白い線に変えていく。
地の縁に立ち上がる、水と岩と霧の重なりだけが満たす遠い景である。















