ティレニア海に切り立つ石灰岩の崖に、街々がパステルの層となって貼りつく。
南国の光は家々を温め、海風は柑橘の香りを石段の上へ運ぶ。
海洋共和国の遺風が、今も断崖の輪郭をなぞり続けている。
崖に積まれた街
ラッターリ山地の石灰岩が、ティレニア海に向かって急角度で落ちていく。その狭い斜面に、ポジターノ・アマルフィ・ラヴェッロといった街々がパステルの壁を重ね合わせ、海面まで段を成しながら貼りついている。
中世のアマルフィは地中海四大海洋共和国の一角を担い、東方との交易で富と洗練を蓄えてきた。共和国そのものは失われたが、その時代に築かれた回廊や鐘楼、往来の石畳が、今も岸壁の輪郭の上に静かに残されている。
貴族と芸術家を呼んだ岸
ラヴェッロの尾根には、13世紀の邸宅ヴィッラ・ルフォロを筆頭に、海を見下ろす邸宅群が点在する。19世紀以降、欧州の作曲家や作家がこの高台に長く逗留し、その閑雅は遠来の客を惹きつけ続けてきた。
崖の斜面には、石垣で支えられた段々畑が幾重にも刻まれている。スフザートと呼ばれる大粒の柑橘が太い葉陰で熟し、リモンチェッロや菓子に姿を変えて食卓へ届く。岩と海の隙間で営みを成立させた知恵が、洗練の足元をひそかに支えている。
光と柑橘が染める午後
海岸線をなぞる旧街道SS163は、岩を抉り抜きながらいくつもの集落を継いでいく。車窓は、青に沈むティレニア海と、橙の屋根・桃色の壁が積み重なる崖面とを、交互に切り返してくる。下方には小さな入り江が次々と顔を出し、白い船が点を打って通り過ぎる。
午後の陽が傾くにつれ、漆喰はクリームから琥珀へ、やがて紅へと染まっていく。海風は石段を吹き上げ、その通り道には檸檬と海塩の匂いが薄く残されていく。鐘の音が崖を斜めに渡って消える頃、岸の街々はゆっくりと灯をともしはじめる。